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増税が国を滅ぼす ラッファ著 ~税のラッファーカーブ [政治・経済]
経済の原理原則は供給サイドを刺激することによって、
川上から川下へお金を広げながら流すこと。
自民党がずっととってきた政策であり、
世界経済の常識でもあった。
民主党の政策が一変したのは、
供給サイドのムダを省き、
需要サイドに対して給付金の形で支援する方法。
供給サイド政策が行き詰まり、
企業利益が生まれども、
トリクルダウンが起きずに、
給与可処分所得が減り続けたことの是正。
さてその経済効果のほどは、
供給刺激策に比べ、効果薄との予想だが、
私は不安不信社会によって利かなくなったトリクルダウン効果を
しばらくの間、補完し、それなりの効果があると考える。
購買力の強さが、庶民の消費に依存していると考えるからである。
進みすぎた貧困と、更なる将来不安によって、
購買力はかなり縮小し、預貯金に回し、将来に備える人も多いだろう。
しかし反面、人間は弱いものである。
目先の子供手当が将来の負債と分かっていても、
現金が入れば使うものである。
ましてやここ数年、かなりの節約の中、
精神的な潤いを求めて、
使う人が相当数いるのではないか?
経済はしょせん心理学の世界である。
ましてや政策の違いなど当然で、
政策には一長一短が必ずあるのである。
自由、競争を説いた新自由主義者のすべてが正しく、
全てが間違っているわけではない。
民主党の政策とて同様で、
プラスがあればマイナスもある。
要はバランス感覚と人間の耐性の問題の落としどころが異なるだけ。
さてラッファーの税のカーブとは、
増税が行き過ぎると、税収が減り、
減税によって税収が増えるという
一見パラドックスのようだが、
現実の税収カーブを示すものである。
レーガン、サッチャー、小泉政策の原点でもあるが、
一方行き過ぎた自由主義によって、
金融の暴走が起こり、規制が必要となったという現実も直視すべきである。
私は家計部門にある程度の余裕(のりしろ)があり、
ささやかな贅沢の許される社会、
将来の安心・安全が担保されている社会であれば、
まったく新自由主義者の論調に賛成するが、
日本はすでにその段階は過ぎ去っていると思う。
ゆえに自由主義者ではあるが、
すべての「命」に着眼した際には、
社会民主主義化に近い規制や所得再配分を必要とすると考える。
経済とは人を活かし守るものでなければならない。
トリクルダウンが起きず、企業の内部留保と配当ばかりが目立つ社会は
やはり異常ではないか?
ラッファー・カーブによる租税政策の原則
1.何かに税金をかけたら、その生産は減る。
税金を減らせば、その生産は増える。
2.理想の税制は、貧しい人を金持ちにする制度である。
金持ちを貧乏にするのが理想ではない。
3.税率が高いほど経済に与える悪影響は大きいが、
税率を引き下げたときの効果もまた大きい。
4.税率が高くなりすぎると、税収の減少につながる可能性がある。
5.効率的な税制度では、課税ベースが大きく税率は低い。
6.個人も企業も資本も、税率の高いところから低いところへ流れる。
今必要なのは持続可能な家計を守ること。
私は消費税を引き上げ、所得税はある程度の累進課税とし、
法人税は特に中小企業の人件費分減税とすべきだと思う。
そして正しい成果主義を守るならば、
本人一代の成果を認め、相続税に課税するしか方法はない。
私の理想(自由主義)とはかけ離れるが、
1000兆円という借金国家にしてしまった
前政権、自民党政権が今日の日本の惨状に責任を負うべきだと思っている。
川上から川下へお金を広げながら流すこと。
自民党がずっととってきた政策であり、
世界経済の常識でもあった。
民主党の政策が一変したのは、
供給サイドのムダを省き、
需要サイドに対して給付金の形で支援する方法。
供給サイド政策が行き詰まり、
企業利益が生まれども、
トリクルダウンが起きずに、
給与可処分所得が減り続けたことの是正。
さてその経済効果のほどは、
供給刺激策に比べ、効果薄との予想だが、
私は不安不信社会によって利かなくなったトリクルダウン効果を
しばらくの間、補完し、それなりの効果があると考える。
購買力の強さが、庶民の消費に依存していると考えるからである。
進みすぎた貧困と、更なる将来不安によって、
購買力はかなり縮小し、預貯金に回し、将来に備える人も多いだろう。
しかし反面、人間は弱いものである。
目先の子供手当が将来の負債と分かっていても、
現金が入れば使うものである。
ましてやここ数年、かなりの節約の中、
精神的な潤いを求めて、
使う人が相当数いるのではないか?
経済はしょせん心理学の世界である。
ましてや政策の違いなど当然で、
政策には一長一短が必ずあるのである。
自由、競争を説いた新自由主義者のすべてが正しく、
全てが間違っているわけではない。
民主党の政策とて同様で、
プラスがあればマイナスもある。
要はバランス感覚と人間の耐性の問題の落としどころが異なるだけ。
さてラッファーの税のカーブとは、
増税が行き過ぎると、税収が減り、
減税によって税収が増えるという
一見パラドックスのようだが、
現実の税収カーブを示すものである。
レーガン、サッチャー、小泉政策の原点でもあるが、
一方行き過ぎた自由主義によって、
金融の暴走が起こり、規制が必要となったという現実も直視すべきである。
私は家計部門にある程度の余裕(のりしろ)があり、
ささやかな贅沢の許される社会、
将来の安心・安全が担保されている社会であれば、
まったく新自由主義者の論調に賛成するが、
日本はすでにその段階は過ぎ去っていると思う。
ゆえに自由主義者ではあるが、
すべての「命」に着眼した際には、
社会民主主義化に近い規制や所得再配分を必要とすると考える。
経済とは人を活かし守るものでなければならない。
トリクルダウンが起きず、企業の内部留保と配当ばかりが目立つ社会は
やはり異常ではないか?
ラッファー・カーブによる租税政策の原則
1.何かに税金をかけたら、その生産は減る。
税金を減らせば、その生産は増える。
2.理想の税制は、貧しい人を金持ちにする制度である。
金持ちを貧乏にするのが理想ではない。
3.税率が高いほど経済に与える悪影響は大きいが、
税率を引き下げたときの効果もまた大きい。
4.税率が高くなりすぎると、税収の減少につながる可能性がある。
5.効率的な税制度では、課税ベースが大きく税率は低い。
6.個人も企業も資本も、税率の高いところから低いところへ流れる。
今必要なのは持続可能な家計を守ること。
私は消費税を引き上げ、所得税はある程度の累進課税とし、
法人税は特に中小企業の人件費分減税とすべきだと思う。
そして正しい成果主義を守るならば、
本人一代の成果を認め、相続税に課税するしか方法はない。
私の理想(自由主義)とはかけ離れるが、
1000兆円という借金国家にしてしまった
前政権、自民党政権が今日の日本の惨状に責任を負うべきだと思っている。
自分の感受性くらい自分で守れ [言葉の部屋]
私の座右の銘ならぬ座右の詩に
茨木のり子さんの自分の感受性くらいがある。
この詩にはじめて出会ったのは、
社会人となる頃だったろうか?
自分自身を映す鏡のごとくハッとさせられた詩集であった。
以来私は手帳が変わるたびにこの詩を書きうつす。
自分の感受性くらい
茨木のり子作-引用-
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
時代がどのように変わろうとも自分の感性を守るものは自分自身であり、
初心を忘れないこと。
人生のルールに覇道は通じない。ゴールデンルールは王道を極めることである。
茨木のり子さんの自分の感受性くらいがある。
この詩にはじめて出会ったのは、
社会人となる頃だったろうか?
自分自身を映す鏡のごとくハッとさせられた詩集であった。
以来私は手帳が変わるたびにこの詩を書きうつす。
自分の感受性くらい
茨木のり子作-引用-
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
時代がどのように変わろうとも自分の感性を守るものは自分自身であり、
初心を忘れないこと。
人生のルールに覇道は通じない。ゴールデンルールは王道を極めることである。
裁判で引用された、さだまさしの「償い」 [言葉の部屋]
2002年2月20日の朝刊の記事は今でも忘れられない。
前日に東京地裁で言い渡された1つの判決で、
裁判長がさだまさしの名曲「償い」を引用し、
被告の少年を諭した記事だ。
事件は2001年4月28日、ゴールデンウィーク初日の夜遅くの出来事。
東京都世田谷区の三軒茶屋駅のホームで、
銀行員の男性が18歳の少年2人に殴り殺される事件が起きた。
きっかけは電車内のトラブル。
三軒茶屋駅のホームに停車したとき、
満員電車に乗車していた銀行員の男性と少年らがささいなことで口論になった。
少年らは銀行員の男性につかみかかり、
10分近くにわたって殴る蹴るの暴行を加えて逃走した。
銀行員の男性は意識不明の重体で病院に運ばれたが5日後に死亡した。
翌年の2002年2月19日、
東京地裁でその2人の少年に懲役2年以上5年以下の
不定期刑という実刑判決が下された。
少年らと弁護士は
「被害者の発言や行動にも犯罪を挑発する面があった」と主張していたが、
主張は退けられた。
少年2人は「一生をかけて償う」「私という人間を根本から変えていきたい」と
遺族への謝罪の言葉を述べたが、
少年らの言葉や表情から反省の色が薄いと感じたのか、
山室恵裁判長は判決文を読み上げた直後にこう語った。
「唐突だが、君たちはさだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか?
歌詞だけでも読めば、君たちの反省の言葉がなぜ心を打たないのかわかるだろう」
その後2人の少年は、控訴をせず、刑に服した。
おそらくこの少年2人が、初めて命の尊さと自責の念を感じた瞬間であろう。
裁判長の楽曲引用によって、人生を取り戻した瞬間といっていい。
その後、大ヒットした映画「手紙」を見たとき、
さだまさしの「償い」とこの裁判長の名判決を思い出してしまった。
映画や音楽が人間を昇華させ、再生させることを感じた瞬間である。
殺伐とした時代だからこそ、皆、愛情に飢え、
かまってもらいたいという叫びが、怒りを生む。
ゆえに人間社会にアートや文化、芸術は必要であると思う。
喜怒哀楽を隠さず、楽しむゆとりがほしい。
さだまさしの詩や音楽にあふれる「愛」や「繊細さ」を
感じ、共感し、楽しめることは何よりも私自身の救いでもある。
償い 作詞・作曲 さだまさし ~引用~
月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった
仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと
飲んだ勢いで嘲笑っても ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり
僕だけが知っているのだ 彼はここへ来る前にたった一度だけ
たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ
配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた
人殺し あんたを許さないと 彼をののしった
被害者の奥さんの涙の足元で
彼はひたすら大声で泣き乍ら
ただ頭を床にこすりつけるだけだった
それから彼は人が変わった 何もかも
忘れて 働いて 働いて
償いきれるはずもないが せめてもと
毎月あの人に仕送りをしている
今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 泣き乍ら走り込んで来た
しゃくりあげ乍ら 彼は一通の手紙を抱きしめていた
それは事件から数えてようやく七年目に初めて
あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り
「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました
だから どうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に
主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど
それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」
手紙の中身はどうでもよかった それよりも
償いきれるはずもない あの人から
返事が来たのが ありがたくて ありがたくて
ありがたくて ありがたくて ありがたくて
神様って 思わず僕は叫んでいた
彼は許されたと思っていいのですか
来月も郵便局へ通うはずの
やさしい人を許してくれて ありがとう
人間って哀しいね だってみんなやさしい
それが傷つけあって かばいあって
何だかもらい泣きの涙が とまらなくて
とまらなくて とまらなくて とまらなくて
まちがって人を傷つけ、
殺めてしまった自責の念こそ、
人間の魂の叫びであり、再生への道でもある。
中学生の時に出逢った、
三浦綾子さんの「塩狩峠」の自己犠牲と、
「氷点」の原罪は、
多くの若者に読んでもらいたい書籍である。
前日に東京地裁で言い渡された1つの判決で、
裁判長がさだまさしの名曲「償い」を引用し、
被告の少年を諭した記事だ。
事件は2001年4月28日、ゴールデンウィーク初日の夜遅くの出来事。
東京都世田谷区の三軒茶屋駅のホームで、
銀行員の男性が18歳の少年2人に殴り殺される事件が起きた。
きっかけは電車内のトラブル。
三軒茶屋駅のホームに停車したとき、
満員電車に乗車していた銀行員の男性と少年らがささいなことで口論になった。
少年らは銀行員の男性につかみかかり、
10分近くにわたって殴る蹴るの暴行を加えて逃走した。
銀行員の男性は意識不明の重体で病院に運ばれたが5日後に死亡した。
翌年の2002年2月19日、
東京地裁でその2人の少年に懲役2年以上5年以下の
不定期刑という実刑判決が下された。
少年らと弁護士は
「被害者の発言や行動にも犯罪を挑発する面があった」と主張していたが、
主張は退けられた。
少年2人は「一生をかけて償う」「私という人間を根本から変えていきたい」と
遺族への謝罪の言葉を述べたが、
少年らの言葉や表情から反省の色が薄いと感じたのか、
山室恵裁判長は判決文を読み上げた直後にこう語った。
「唐突だが、君たちはさだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか?
歌詞だけでも読めば、君たちの反省の言葉がなぜ心を打たないのかわかるだろう」
その後2人の少年は、控訴をせず、刑に服した。
おそらくこの少年2人が、初めて命の尊さと自責の念を感じた瞬間であろう。
裁判長の楽曲引用によって、人生を取り戻した瞬間といっていい。
その後、大ヒットした映画「手紙」を見たとき、
さだまさしの「償い」とこの裁判長の名判決を思い出してしまった。
映画や音楽が人間を昇華させ、再生させることを感じた瞬間である。
殺伐とした時代だからこそ、皆、愛情に飢え、
かまってもらいたいという叫びが、怒りを生む。
ゆえに人間社会にアートや文化、芸術は必要であると思う。
喜怒哀楽を隠さず、楽しむゆとりがほしい。
さだまさしの詩や音楽にあふれる「愛」や「繊細さ」を
感じ、共感し、楽しめることは何よりも私自身の救いでもある。
償い 作詞・作曲 さだまさし ~引用~
月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった
仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと
飲んだ勢いで嘲笑っても ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり
僕だけが知っているのだ 彼はここへ来る前にたった一度だけ
たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ
配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた
人殺し あんたを許さないと 彼をののしった
被害者の奥さんの涙の足元で
彼はひたすら大声で泣き乍ら
ただ頭を床にこすりつけるだけだった
それから彼は人が変わった 何もかも
忘れて 働いて 働いて
償いきれるはずもないが せめてもと
毎月あの人に仕送りをしている
今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 泣き乍ら走り込んで来た
しゃくりあげ乍ら 彼は一通の手紙を抱きしめていた
それは事件から数えてようやく七年目に初めて
あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り
「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました
だから どうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に
主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど
それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」
手紙の中身はどうでもよかった それよりも
償いきれるはずもない あの人から
返事が来たのが ありがたくて ありがたくて
ありがたくて ありがたくて ありがたくて
神様って 思わず僕は叫んでいた
彼は許されたと思っていいのですか
来月も郵便局へ通うはずの
やさしい人を許してくれて ありがとう
人間って哀しいね だってみんなやさしい
それが傷つけあって かばいあって
何だかもらい泣きの涙が とまらなくて
とまらなくて とまらなくて とまらなくて
まちがって人を傷つけ、
殺めてしまった自責の念こそ、
人間の魂の叫びであり、再生への道でもある。
中学生の時に出逢った、
三浦綾子さんの「塩狩峠」の自己犠牲と、
「氷点」の原罪は、
多くの若者に読んでもらいたい書籍である。
心惹かれるシンボルスカの詩「一目惚れ」 [言葉の部屋]
一目惚れ
W.シンボルスカ
二人は信じている
突然の感情によって結ばれたのだと
そう信じることは美しい
でも気づかぬことはもっと美しい
知りあうまでは-
何もなかったように思えるが-
通りや階段や廊下で気づかぬうちに-
二人はすれ違っていたかもしれない
私は彼らに尋ねてみたい
回転扉でゆき合ったのを?
人ごみで「失礼」と声をかけたのを?
間違い電話で言葉を交わしたのを?
答えは分かっている
二人は何も覚えていない
知れば驚くだろう
「偶然」が彼らをもてあそんだと
そのころの「偶然」は-
まだ「運命」ではなかった
「偶然」は二人を近づけたり遠ざけたり-
立ちはだかったり-
笑いをこらえながら傍らへ飛びのいたりしてきた
人生は偶然だらけ
平行線も いつか交わる
ポーランドの生んだ女性詩人、シンポルスカの詩「一目惚れ」に出逢ったのは、
たしか何かの映画だったと思う。韓国映画だろうか?
映画のモチーフとして使われたシンボルスカの詩に魅せられ思わず書きとめた。
後で1996年のノーベル文学賞の受賞者だということがわかった。
昔からすれ違い物映画が好きで、韓国映画にはまっている。
もうひとつ大好きな、さだまさしさんのラブソングにちりばめられた、
珠玉の歌詞に共通のテーマを感ずる。
短いセンテンスに込められた深い思いや願いには共感させられる。
W.シンボルスカ
二人は信じている
突然の感情によって結ばれたのだと
そう信じることは美しい
でも気づかぬことはもっと美しい
知りあうまでは-
何もなかったように思えるが-
通りや階段や廊下で気づかぬうちに-
二人はすれ違っていたかもしれない
私は彼らに尋ねてみたい
回転扉でゆき合ったのを?
人ごみで「失礼」と声をかけたのを?
間違い電話で言葉を交わしたのを?
答えは分かっている
二人は何も覚えていない
知れば驚くだろう
「偶然」が彼らをもてあそんだと
そのころの「偶然」は-
まだ「運命」ではなかった
「偶然」は二人を近づけたり遠ざけたり-
立ちはだかったり-
笑いをこらえながら傍らへ飛びのいたりしてきた
人生は偶然だらけ
平行線も いつか交わる
ポーランドの生んだ女性詩人、シンポルスカの詩「一目惚れ」に出逢ったのは、
たしか何かの映画だったと思う。韓国映画だろうか?
映画のモチーフとして使われたシンボルスカの詩に魅せられ思わず書きとめた。
後で1996年のノーベル文学賞の受賞者だということがわかった。
昔からすれ違い物映画が好きで、韓国映画にはまっている。
もうひとつ大好きな、さだまさしさんのラブソングにちりばめられた、
珠玉の歌詞に共通のテーマを感ずる。
短いセンテンスに込められた深い思いや願いには共感させられる。
民主党、参議院でも過半数。400人の民主党国会議員は何をしているのか? [政治・経済]
7月の参議院選挙を前に、無所属、田村耕太郎参議院議員が、
参議院民主党会派に加わり、同会派が121人となり、
社民党抜きでも江田議長を除く参議院242人の過半数となった。
政治資金問題で揺れた民主党だが、
鳩山首相は改めて小沢幹事長の幹事長職を容認。
秘書をはじめ3人が起訴された現在も、
小沢幹事長体制を擁護する発言に終始した。
先週末の各社の世論調査では、
鳩山首相を支持しないが初めて支持するを上回り、
民主党最大の危機にも関わらず、
相変わらずの一蓮托生。
自身の問題も含めれば、選択肢が無いのだろうが、
問題は他の衆参民主党議員から、
ほとんど異議が出ない点。
400人近くの国民の負託が、
まったく世論の反応に対応できない与党とは、
これは恐ろしい権力としか言いようがない。
また世論調査では、
野党、自民党の支持率も下がり、
いったいこの国の民意は、どこにいけばよいのか?
国民の民主党に対する期待と、
政治家の資質とはまったくの別問題。
国民にまともに説明できないならば、
政治の志のために責任を取ってもらいたい。
これでは子どもたちに説明もできない
めちゃくちゃな国になり下がる。
国民の90%近くが納得できない中で、
政治以前の問題ではないか。
与党も野党も誰のための政治で、
誰のための政府なのか?
参議院民主党会派に加わり、同会派が121人となり、
社民党抜きでも江田議長を除く参議院242人の過半数となった。
政治資金問題で揺れた民主党だが、
鳩山首相は改めて小沢幹事長の幹事長職を容認。
秘書をはじめ3人が起訴された現在も、
小沢幹事長体制を擁護する発言に終始した。
先週末の各社の世論調査では、
鳩山首相を支持しないが初めて支持するを上回り、
民主党最大の危機にも関わらず、
相変わらずの一蓮托生。
自身の問題も含めれば、選択肢が無いのだろうが、
問題は他の衆参民主党議員から、
ほとんど異議が出ない点。
400人近くの国民の負託が、
まったく世論の反応に対応できない与党とは、
これは恐ろしい権力としか言いようがない。
また世論調査では、
野党、自民党の支持率も下がり、
いったいこの国の民意は、どこにいけばよいのか?
国民の民主党に対する期待と、
政治家の資質とはまったくの別問題。
国民にまともに説明できないならば、
政治の志のために責任を取ってもらいたい。
これでは子どもたちに説明もできない
めちゃくちゃな国になり下がる。
国民の90%近くが納得できない中で、
政治以前の問題ではないか。
与党も野党も誰のための政治で、
誰のための政府なのか?
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